大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(う)896号 判決

本籍

東京都杉並区堀ノ内三丁目二〇九番地

住居

同都国分寺市内藤二丁目三〇番二一

会社役員

鈴木昭三

昭和一七年一月一五日生

本籍

長野県埴科郡戸倉町大字上德間二四一二番地

住居

東京都国分寺市西町三丁目八番地八

税理士

宮入本一

昭和七年六月一四日生

右両名に対する各法人税法違反被告事件について、平成六年四月二五日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人両名から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官五島幸雄出席の上審理し、次のとり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

被告人鈴木昭三に対し、当審における未決勾留日数中三五〇日を

原判決の懲役刑に算入する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人鈴木昭三(以下「被告人鈴木」あるいは「鈴木」という)の弁護人門上千恵子名義の控訴趣意書及び被告人宮入本一(以下「被告人宮入」あるいは「宮入」という)の弁護人五三雅彌、同後山英五郎連名の控訴趣意書に、これらに対する答弁は、検察官桐生哲雄名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて、主張の当否について検討する。

第一事実誤認の主張について

一  被告人鈴木の弁護人の論旨は、要するに、すずや建設株式会社(以下「すずや建設」あるいは「会社」という)の昭和六一年一〇月一日から同六二年九月三〇日までの事業年度(以下「昭和六二年九月期」という)の所得に関し、過少申告をして正規の法人税額一六億七〇五五万八四〇〇円との差額一四億四〇四四万一九〇〇円を免れる結果を生じたのは、会社の顧問税理士である宮入と会社の経理担当事務員である渡部友喜(以下「渡部」という)の調査漏れや集計ミス等によるのであって、被告人には法人税逋脱の故意はないから、法人税逋脱の罪を認定した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認ひいては法令適用の誤りがある、というのであり、被告人宮入の弁護人の論旨は、要するに、宮入は、鈴木や渡部によって予め密かに脱税のための操作が加えられ、また、集計ミスのある資料を与えられ、逋脱の意図を全く感じ取ることができないまま、税理士として誠実に集計作業をして確定申告書を作成し、提出したのであるから、本件逋脱罪に対する関与はなく、したがって、鈴木との共謀による法人税逋脱の罪を認定した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠によれば、本件過少申告は、会社の代表取締役としてその業務全般を統括していた被告人鈴木と会社の顧問税理士として税務書類の作成、税務申告等の業務に従事していた被告人宮入が共謀の上、仕入を水増計上するとともに、期末棚卸高の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿して内容虚偽の法人税確定申告書を所轄税務署長に提出したことによるものであることが明らかに認められ、当審における事実取調べの結果を併せて検討しても、右結論を左右するには至らず、原判決の認定は結論において正当であり、所論指摘の事実の誤認等はないというべきである。

二  まず、被告人両名は、検察官が起訴状及び冒頭陳述書において主張している会社の昭和六二年九月期の実際所得金額、課税土地譲渡利益金額及び各勘定科目等の客観的な金額(以下「当局調査額」という)について、捜査段階においてはこれを認め、原審公判廷においても、被告事件に対する陳述の際に、「数字に多少の疑問がある」(鈴木)、「はっきりした所得金額は分からない」(宮入)と延べるものの、その後、原審及び当審を通じて具体的な金額自体を積極的に争うわけではなく(鈴木の弁護人は、原審第一三回公判期日において、客観的な数字を争わない旨明言している)、また、関係証拠によれば右当局調査額のとおりの各金額が認められるのであるから(ただし、支払手数料は検察官が主張する金額より七四円少ない。原判決が七頁において「七四円多く」と記載したのは、「七四円少なく」の誤記と認められる)、過少申告自体は明らかであって、結局、これが被告人両名共謀の上での逋脱の故意に基づくものなのか、それとも所論が縷々主張するような理由によるものなのか、ということになる。

ところで、本件においては、逋脱の故意、共謀の状況などに関し、被告人両名の捜査段階の自白及びこれとほぼ同内容の原審証人渡部友喜の供述及び同人の検察官に対する各供述調書がある。

被告人鈴木は、検察官に対する各供述調書において、逋脱の故意、不正の行為及び宮入との共謀を含めた本件犯行の経緯全体について詳細に自白しており、原審第一回公判期日においても、「……脱税したことは認めます」と公訴事実をほぼ認める趣旨の陳述をしていたところ、その後、自白を翻し、本件全般にわたって従前の供述とは異なる種々の弁解をしている。また、被告人宮入も、検察官に対する各供述調書において、鈴木との共謀に基づき、所得金額や課税土地譲渡利益金額の圧縮に繋がる各種金額を操作し、さらに、鈴木が不正に操作した金額を基に決算報告書を作成して内容虚偽の法人税確定申告書を提出したことを認めていたが、原審以降、共犯であることを否認し、やはり種々の弁解をしている。

被告人鈴木の弁護人は、原審において被告人両名及び渡部の捜査段階における各供述調書について全て証拠とすることに同意しており、当審においてもこれらの供述調書の信用性について直接言及しているわけではないが、所論の依拠するところは鈴木の原審以降の否認供述であるし、また、被告人宮入の弁護人は、被告人両名の共謀の状況に関する自白及び渡部の供述の信用性を争い、宮入の原審以降の否認供述に依拠して所論を展開しているので、まずこれらの供述の信用性について検討する。

本件においては、昭和六二年一〇月ころから同年一二月一四日に法人税確定申告書を提出するまでの間に、被告人両名及び会社の経理事務担当者である渡部らが作成した各種資料(原判決の略称に従う。鈴木作成の損益書AないしD、宮入作成の試算表及び宮入メモ、渡部作成の「第一報」「第二報」と題する各書面など)が残されており、これらの資料をたどることによっても被告人両名の税逋脱についての共謀状況及び逋脱に向けての不正の工作の経緯をある程度窺い知ることができるところ、両名の供述調書をみると、これらの資料などを参照しつつ昭和六二年一〇月ころから同年一二月一四日に法人税確定申告書を提出するに至るまでの経緯を具体的、かつ、詳細に、また、資料の記載内容などとも矛盾なく供述しており、内容自体に不自然、不合理な点はない。

そして、被告人両名の自白は、ほぼ一致しており、また、原審証人渡部の供述及び同人の検察官に対する各供述調書の内容とも矛盾がない。この点に関し、被告人宮入の弁護人は、渡部は鈴木の指示により本件脱税に加担しているところ、自らが共犯として責任を追及されることを回避するため宮入に責任を転嫁する供述をしたものであるから、その供述は信用することができず、また、原審は、同人の供述を信用することができるとの前堤に立ったために本件における宮入の立場を誤認したものである、と主張する。

しかしながら、渡部の供述は、自らが実際に見聞したことと推測にわたることとを区別しており、前示の各種資料の記載内容とも矛盾しないのであって、特段に不合理、不自然な点はなく、その信用性を肯定できる。また、被告人両名が、互いの、あるいは渡部の供述内容に影響を受けて虚偽の自白をしたというような状況は全く窺われない。殊に、宮入は税理士として本件申告業務に関与し、関与の態様如何によっては自らの税理士登録の末梢にも繋がるのであるから、自己の記憶に反し、しかも自らが不利益を蒙る結果となるような供述を敢えてしたとは考えられない。

他方、被告人両名の原審及び当審公判廷における供述をみると、鈴木については、自らが作成した損益書AないしDについて、その作成順序に関して前後矛盾することを延べたり、自らが記載した数字の根拠や、その数字を逐次変更していった理由などについて、当然説明することができるはずであるのに、何ら説得力のある説明をしていないばかりか、公判期日ごとに供述内容を変え、同一の公判期日であっても前後で矛盾したことを述べるなど、全体として極めて不自然な内容となっている。宮入についても、供述の変遷、混乱が著しいが、そのような中においても、随所で、「そもそも、本件は、昭和六二年一〇月ころに、鈴木から税額を何とか二億円程度に押さえて欲しいと要請されたことに端を発したものであり、自分としては、納税額が二億円程度にはとどまらない高額の所得があることを認識しながら、数次の金額の操作を経て、同年一二月一〇日ころに、鈴木に対して、土地譲渡税を含む法人税額が三億三七〇〇万円となる(中間納付分を除く)旨伝えたところ、鈴木から、それだけは到底払えないから何とか納税額を二億円程度にするようにと重ねて強く依頼され、その結果、土地譲渡税を含む法人税額が二億三〇一一万円余となる本件法人税確定申告書及びそれに対応する添付資料を作成した」旨を供述しているのであって(例えば、原審記録二〇冊三三四丁以下、四五一丁以下など)、このことは、被告人の捜査段階の自白の信用性を裏付けるものというべきである。なお、宮入の弁解の中心は、与えられた資料に基づき誠実に集計作業をしたにとどまり、殊更な利益圧縮作業をしたものではない、というのであるが、売上高、仕入高、期末棚卸高などについて、昭和六二年一〇月二〇日過ぎに渡部が作成して宮入に渡した売上、仕入、在庫のリスト(以下「渡部リスト」ともいう)の内容及び当局調査額の内容と、宮入が作成した法人税確定申告書添付の決算書類中でまとめられた内容とを比較対照してみると、宮入作成のそれには、当局調査額との関係において、渡部リストにはなかった宮入独自の一部除外や過大、架空計上などがあるのであって、与えられた資料に基づいて誠実に集計作業を行ったなどとは到底いえない。

以上要するに、被告人両名の自白及び渡部の供述の信用性は優に肯定することができ、これを覆した鈴木の否認供述は信用することができず、また、宮入の公判廷における供述についても、検察官に対する供述調書と実質的に抵触する部分は信用することができない。これと同旨の原判決の判断は正当として是認することができる。

このように、被告人両名の捜査段階の自白の信用性を優に肯定することができるところ、右自白をはじめとする関係証拠を総合すると、鈴木は、昭和六二年一〇月上旬ころ、営業取引台帳を基に会社の昭和六二年九月期の損益書Aを作成し、多額の利益が上がっていることを把握したが、利益を新規物件の購入資金に回すなどしたため納税資金に窮し、同期の納税額を二億円前後にとどめることを意図したこと、一方、会社の顧問税理士である宮入は、会社の経理事務担当者の渡部から受け取った仕入、売上、在庫のリスト等を基に同期の決算に関する試算表及び同期の利益を分かり易く記載したメモを作成し、同月下旬ころ、これを鈴木に示して、経常利益が二一億円余になることを説明したこと、鈴木は、宮入に対し、納税額が二億円程度の申告書を作って欲しいと依頼し、宮入は当初渋っていたものの結局これを受け入れ、右依頼に沿う方向で利益圧縮の操作をすることを承諾したこと、宮入は、同年一一月一八日ころ、経常利益を一二億円程度にまで圧縮して鈴木に説明したが、鈴木から、やはり二億円程度にして欲しいとの要請を受け、さらに操作を続けたこと、一方、鈴木は、同月二三日、損益書Bを、また、同月二七日には損益書Cをそれぞれ作成し、その中で、売上高、仕入高、工事費、仲介手数料、期末棚卸高などの金額を種々操作して、利益の圧縮を図ったこと、そして、翌二八日、鈴木は、経常利益を二億〇五〇〇万円とする損益書D(このうち仕入高は申告額とほとんど差がない)を作成し、そのころ、宮入にこれを渡して、その数字に合わせた申告書を作るよう依頼したこと、宮入は、損益書Dに沿う内容にするには申告期限である一一月末日までに間に合わないと考えたが、鈴木がそれでも構わないということからさらに利益の圧縮作業を続けたこと、そして、同年一二月一〇日ころ、鈴木に、中間納付分を除いた法人税額が土地譲渡税を含めて三億三七〇〇万円となる確定申告書を作成した旨伝えたが、鈴木からなお二億円程度にとどめることを強く依頼されたため、その操作を続け、最終的に土地譲渡税を含む法人税額が二億三〇一一万円余となる本件法人税確定申告書及びそれに対応する添付資料を作成して、鈴木の確認を得て同月一四日これを所轄税務署長に提出したことが認められる。

そして、右の事実からすれば、被告人鈴木に逋脱の故意があり、本件法人税逋脱の罪の責任を負わなければならないことはもちろん、被告人宮入も共同正犯としての責任を負わなければならないことが明らかである。

三  そこで、なお所論にかんがみ検討を加える。

1  被告人鈴木の弁護人の主張について

所論は、宮入が昭和六二年一〇月に渡部から渡されたリストには、既に期末棚卸高の計上漏れ一〇億六七二三万五三一五円及び仕入の過大計上八億五九一二万円があったところ、宮入はこれに気付いておらず、宮入が経常利益を二一億円余と算出する以前に既に犯意のない利益の減額が行われていたのであり、これが本件過少申告の原因であって、鈴木が責任を負うべきいわれはない、と主張する。なお所論によれば、右のうち一〇億六七二三万五三一五円は期末在庫物件に関する支払仲介手数料及び外注費であるところ、宮入及び渡部は、期末在庫物件についての仲介手数料や外注費を期末棚卸高に計上すべきであることを知らなかったものであり、八億五九一二万円は渡部のミスによるものである、という。

しかしながら、被告人両名の意図は、具体的にこれだけの所得があるけれどもそれを納税額が二億円程度にとどまる所得の限度で申告するというのではなく、所得がどの程度あろうとも、とにかく二億円程度の納税しかできないため、そん限度で申告しようということなのであるから、申告所得を超える分全体に逋脱の故意が及ぶことは明白である。

また、所論の支払仲介手数料や外注費については、その費用の性質上、被告人両名が存在を認識していたことは疑いがないところ、これを期末棚卸高に計上すべきか否かは法律的評価に関することであり、計上すべきことを知らなかったとしても、それは租税関係法規の不知に過ぎず、もとより、故意を阻却するものではない。そして、申告の期末棚卸高である二〇八億七八二〇万五一〇〇円にこの金額を加えても、当局調査額である二三一億三五七八万五六一一円にはなお及ばないから、宮入により右以外にも一部除外がされたことは明らかである。

八億五九一二万円の仕入の過大計上については、たしかに、渡部リストにおいて、同一物件でありながら、二重に計上されたため八億五九一二万円が過大に計上された結果となっていることが認められ(原審記録一六冊三二〇一、三二〇三丁)、それが、利益を減額する方向に働いていることは否定できない。宮入がこの二重計上に気付きながら仕入の過大計上の一方法としてそのままにしたのか、あるいは、所論のように気付かなかったのかは判然としないが、仮に後者であるとしても、宮入は、税理士としての職責上、納税書類の作成過程で、右二重計上に当然気付くべきことであるから、予見できなような利益の減額がなされたものとは到底いえないのであり、右による利益の減額分にも宮入の逋脱の故意が及ぶことはいうまでもない。

そして、渡部リストの仕入高である三一五億五二七七万七二〇〇円は、右のような二重計上がありながら、それでもなお、当局調査額である三二一億五五七七万九六九七円より少額であったのに、宮入は右調査額を超える三二八億六四七七万七二〇〇円という金額にまで過大計上をしたのであるから、宮入による過大計上が仕入の過大計上全体の中の重要部分となっていることが明らかである。

以上の点に、そもそも右のような宮入の操作が鈴木からの依頼による利益の圧縮作業の過程で行われたものであることを併せ考えれば、本件過少申告について鈴木には逋脱の責任はないとする右所論は到底採ることができない。

次に、所論は、二一億二二三〇万四六九二円の経常利益が算出された当初の宮入の試算表の基礎となった渡部リストには二一億〇〇一五万円余の、経常利益を増加させる方向での集計ミスがあったところ、宮入がミスを修正すると真実の経常利益は二二一五万円になってしまったのであって、宮入は渡部の集計ミスを真実に近付けただけであり、利益圧縮のための操作をしたものではない、と主張する如くである。

右の計算の根拠は、鈴木作成の平成六年三月二九日付陳述書(原審記録二〇冊四八〇丁)及び当審で取調べた平成七年七月一二日付上申書(二)(七丁裏)に記載されているところ、渡部リストと比較対照した宮入の集計結果なるものは客観的に正しいものではなく、当局調査額と大きく異なるものであるから、宮入の集計結果を正しいものとして渡部リストと比較することは全く無意味のことである。そして、信用性を肯定できる被告人両名の自白によれば、所論のように渡部による経常利益を増加させる方向での集計ミスを宮入が正しく修正したわけではなく、宮入が利益の圧縮工作をした結果経常利益が減少してしまったものと理解すべきである。なお、この主張は、前記の、渡部リストにおいて既に犯意のない利益の減額が行われていたという主張や、「以上の如く逋脱は知らないまま既に犯意なく行われていたのであります」(控訴趣意書九丁裏)との主張とも矛盾するところである。右所論も採ることはできない。

2  被告人宮入の弁護人の主張について

被告人宮入の弁護人の主張の骨子は、宮入は渡部や鈴木から与えられた資料に基づき、誠実に集計作業をしただけであり、鈴木の脱税に協力して殊更な操作をしたものではないというものであるとろ、右所論を採ることができないことは前記二において判断したとおりであるが、これに付随する所論についてなお若干説明を補足する。

所論は、原判決が、鈴木が自ら作成した損益書Aを宮入に示したのは宮入が試算表及び宮入メモを鈴木に示した後であると認定している点に事実の誤認があるとし、真実の経緯は、鈴木が宮入に対して損益書Aを示したのが先であり、しかも、鈴木は、損益書Aの数字によれば経常利益が一五億円位になり、納税額が到底二億円にとどまるわけがないのに、意図的にその経常利益欄を空欄にして、これを宮入に示した上、納税額は二億円内外になると思われるのでその方向で決算書を作成してほしいと求めたので、宮入において試算表等を作成してみたものである、と主張する。

しかしながら、所論の順序であったとしても、そのことは宮入の共謀の成否に特に影響を及ぼすものではない。不動産取引が中心であるすずや建設において、経常利益が一五億円に達することは、損益書Aを一覧すれば判明することであり、土地譲渡税を含めた法人税の納税額が二億円程度にとどまることは通常あり得ないことなのであるから、所論の点は、むしろ、鈴木の明確な逋脱の意図が最初に宮入に示されたことを意味するものというべきである。

次に所論は、宮入が試算表において経常利益を二一億二二三〇万四六九三円と算出したことに関連して、原判決が、「宮入は試算表を作成することによって、すずや建設の当期利益がおよそ二一億円前後であると認識したことが認められる」とし、その根拠のひとつとして、この金額は「国税局の認定した当期利益額に比べ約九八〇〇万円少ないだけである」と説示している点を捉えて、試算表の二一億円余りと比較すべきなのは、冒頭陳述書及び原判決の修正損益計算書の繰越欠損金当期控除額や損金不算入額を整理する以前の二八億七二八一万一〇九五円とであって、右二一億円が原判決のように「ほぼ正しい金額である」と評価することはできず、この点に原判決の基本的な発想、認定の誤りがある、というのである。

たしかに、原判決は、そこに添付した別紙2修正損益計算書の当期利益二二億三〇七七万七〇六六円と、前示の控除金の整理等をする以前のいわゆる経常利益に該当する試算表の二一億円とを比較しているから、適切な比較をしているとはいえない。しかし、原判決自体から明らかなように、右の点は認定に当たっての補助的な事実として括弧内で指摘されたことに過ぎない。また、本件においては、宮入が二一億円という数字を厳密な意味で正しいものと思っていたかどうかはさて措き、右数字をその後の操作の出発点としたことは動かない事実であり、最終的に、修正損益計算書の当期利益に当たる金額を二億六〇二四万三三八一円と算出して(経常利益が二一億円であることを前提としていたならばそれに相応する当期利益は遙かに高額となるはずのものである)、本件法人税確定申告書を作成、提出しているのであるから、その間の金額の操作に合理的な説明がつかない限り、意図的に除外、計上等の操作をして、利益の圧縮工作をしたものとみるほかはない。

所論は、仕入高に関し、原判決が、「確定申告書の仕入高は、約一三億円も増額(宮入の試算表に比べ)しているということは明らかに不自然」と判断している点について、杜撰極まりないものと反論している。しかしながら、検察事務官作成の平成三年一〇月三〇日付捜査報告書(甲11)、大蔵事務官作成の仕入高調査書(甲12)、検察事務官作成の平成四年二月二〇日付報告書四通(甲79ないし82)、宮入の平成三年一〇月二八日付検察官に対する供述調書(乙21)などの関係証拠を総合すると、渡部リストに計上されておらず、かつ、もちろん当局調査額にも計上されていないのに申告に当たって計上されている物件があることが認められるのであって(宮入の右供述調書添付の資料七《原審記録一五冊三一一七丁以下》の物件ナンバー二三三、二四三、二五三など。これだけでも九億円を超える)、これは宮入による殊更な架空計上という以外に評価しようがないものであり、このような計上があることからしても、一三億円の増額は、原判決が説示するとおり、「正常な補正操作によってこれほど大きく数字が変動することは明らかに不自然」であるといわなければならない。

この点に関連して、所論は、渡部リストには、本来昭和六二年九月期には計上すべきでないのに、鈴木が仕入の過大計上工作として渡部に指示して入れさせ、宮入が知らなかった一一億七八二二万円が既に含まれており、右一三億円余の増額の中からこれを差し引くと、増額は一億三三七八万円にしかならないから、原判決がこれに疑問を感じなかったことは遺憾である旨主張するけれども、右一一億七八〇〇万円余の過大計上が既に含まれている渡部リスト(原審記録一六冊三二〇四丁、三一八六丁)の三一五億五二七七万七二〇〇円に、さらに一三億円余りを増額して申告したことになるから(原判決も説示するとおり、一一億七八〇〇万円余りを二重に過大計上したわけではない。原審記録一五冊三一一七丁、三一三三丁)、所論が誤りであることは明らかである。なお、渡部が右一一億七八〇〇万円余を計上したことは、利益の減額方向に働くけれども、期末棚卸高においても同様に計上すべきでないのにこれを計上している(原審記録一五冊三〇八二丁)点では、利益の増加方向に働いているから、仮に宮入がそのことに気が付かなかったとしても、結局、売上原価の計算上は影響せず、したがって、売上利益の増減にも影響しないことになり、宮入の知らないところで渡部によって既に利益の圧縮が計られていたことにはならない。

所論は、外注費、支払仲介手数料についても、宮入は与えられた資料に基づき、誠実に集計したものであると主張する。

これについては、宮入の試算表では、外注費は六億四〇〇〇万円余り、支払仲介手数料は八億六八〇〇万円余であったところ、申告額は、前者が一三億九四〇〇万円余、後者が一〇億三六〇〇万円余とそれぞれ増額しており、国税局の調査額との関係であり、前者は約三億円の過大計上、後者は約三億円余の過少計上となっており、結局、所得の圧縮工作には大きな影響を及ぼしていないことが窺われる。ただ、宮入は、増額操作をした理由について、当期分として計上すべきか否かはっきりしないものは当期に計上したと供述しているので(原審記録二〇冊四四三丁)、原審公判廷における供述を前提にしても、やはり売上原価の過大計上の意図があったと認められる。

所論は、期末棚卸高について、宮入の試算表と申告額がどちらも二〇八億七八〇〇万円と増減がないのに対して、当局調査額は二三一億三五〇〇万円余となっているところ、この差額のうち八億五八〇〇万円余は発生主義によるか実現主義によるかの違いであって、実際に比較すべきであるのはこれを差し引いた二二二億七七〇〇万円余りと二〇八億七八〇〇万円の差額である一三億九九〇〇万円余であり、この中に鈴木の指示による一一億七八〇〇万円余りが含まれているから、これを除くと一部除外は二億二一〇〇万円余にとどまるものである、という如くである。

しかしながら、右一一億七八〇〇万円余は、先にも指摘したとおり本来昭和六二年九月期の期末棚卸高に計上すべきでなかったことが関係証拠上明らかであるところ、これを期末棚卸高に予め計上してしまったということは、むしろ売上原価の減額ひいては売上利益の増加に働くのであって、これを加えて二〇八億七八〇〇円を計上したということは、そもそも本来計上すべき分が一三億九九〇〇万円余に加えてなお一一億七八〇〇万円余存在したということであり、むしろ、正規の金額との間に二五億七七〇〇万円余の利益圧縮のための一部除外があったものと理解すべきである。そして、先に指摘したように、一一億七八〇〇万円余については、仕入にも計上されていたのであるから、結局売上利益の増減に影響していないのである。

次に、所論は、宮入は、課税土地譲渡利益の算出に必要な資料が不足しており、このまま確定申告書を提出すれば税務当局の調査を受けることになることは必至であると考え、鈴木に対して正確な集計をした後に確定申告書を提出すべきである旨進言したのであるが、鈴木が聞き容れないため、できるだけ早い機会に正確な調査をして修正申告をするとの鈴木の言質を取って確定申告書を提出したのであるから、このような経緯からしても、本件逋脱について宮入の共謀がなかったことが窺われる、と主張する。

被告人両名の間に右のようなやり取りがあったか否かについては、供述に対立があるところ、仮に所論のとおりであるとしても、宮入のそれ以前の逋脱の故意及びそれに基づく数字の操作の経緯に照らせば、共謀関係の成否に影響を及ぼすものではなく、また、本件のような期限後の虚偽過少申告逋脱犯については、確定申告書の提出により既遂に達するのであるから、例え後に修正申告をすることを予定していたとしても、犯罪の成否自体に影響を及ぼすものではない。

その他、被告人両名の弁護人が縷々主張するところにかんがみ検討しても、被告人両名共謀による法人税逋脱の罪が成立するとした原判決に事実の誤認等はなく、論旨は理由がない。

第二被告人鈴木の弁護人の量刑不当の主張について

論旨は、要するに、被告人鈴木を懲役二年六月及び罰金一二〇〇万円に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

本件は、不動産取引、建築の請負工事等を目的とするすずや建設株式会社の創業者であり、設立当初から代表取締役の地位にある被告人鈴木が、同会社の顧問税理士として同会社の税務書類の作成、申告等の業務に従事していた宮入と共謀の上、同会社の法人税を免れようと企て、仕入を水増計上するとともに期末棚卸高の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和六一年一〇月から六二年九月までの事業年度の法人税一四億四〇四四万一九〇〇円を免れたという事案であって、単年度ではあるけれども逋脱額が極めて高額であり、逋脱率も約八六・二パーセントに及ぶ高率である。被告人は宮入を本件に引き入れ、あくまでも納税額を二億円程度にとどめることに固執して、主導的立場で、かつ、強固な犯意のもとに犯行に及んでおり、また、逋脱の動機は、折からの不動産ブームのもとで、さらに利益を上げることを急ぐあまり、利益のほとんどを新しい物件の購入資金に充てたために納税資金に窮したからというのであり、まさに私益を公益に優先させたものであって、もとより酌むべき点はない。このような状況にありながら、同被告人は、公判廷において、宮入と渡部に責任を転嫁するような不合理な弁解を繰り返しており、必ずしも真摯に反省をしているものとは思われない。なお、本件後、会社が事実上倒産したため、逋脱した法人税本税の大半及び附帯税が依然として未納であり、今後の納付の見通しも立っていない。

以上の諸点からすれば、被告人の刑事責任は重いというほかはなく、本件逋脱によって確保された利益の使途、会社の現状、被告人には前科前歴がないこと、その他被告人の服役が家族及び会社に与える影響など被告人のために酌むことができる諸般の事情を十分に考慮しても、この際厳しい処罰を免れないのであり、被告人を懲役二年六月及び罰金一二〇〇万円に処した原判決の量刑はやむを得ないところであって、これが重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、被告人鈴木に対し、平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中三五〇日を原判決の懲役刑に参入することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 森眞樹 裁判官 中野久利)

平成六年(う)第八九六号

控訴趣意書

法人税法違反 被告人 鈴木昭三

右被告人に対する頭書被告事件に付き、平成六年四月二五日東京地方裁判所刑事第八部が言渡した判決に対する控訴の趣意は、左記の通りである。

平成六年九月七日

右弁護人 門上千恵子

東京高等裁判所第一刑事部 御中

原判決は、概ね公訴事実と同旨の事実を認定し、検察官の懲役三年六月及び罰金二、〇〇〇万円の求刑に対し、懲役二年六月の実刑及び罰金一、二〇〇万円の言渡しをなし、未決勾留日数中二一〇日をその刑に算入する旨の判決の言渡しをした。

しかし乍ら、右の原判決は左記の理由により事実誤認、法令の適用の誤りがあり、且つ刑の量定著しく重きに失し、破棄を免れないものと思料し、控訴に及んだ次第である。

一.事実誤認

1(一) 被告人は、すずや建設株式会社(以下すずや建設と略称)の顧問税理士宮入本一(以下宮入と略称する)と共謀して同社の業務に関し昭和六一年一〇月一日から同六二年九月三〇日(以下一〇期という)迄の事業年度の所得を秘匿した上、同年度に於ける正規の法人税額一六億七、〇五五万八、四〇〇円を、二億三〇一一万六、五〇〇円である旨虚偽の申告をなし、その差額一四億四、〇四四万一、九〇〇円を不正に逋脱したと認定しているが、そのような事実はない。

原審が認めているように、すずや建設は昭和五三年四月被告人鈴木昭三(以下単に被告人という)が、個人の建売販売不動産業を会社組織にしたもので、被告人が代表取締役となり、妻絹子を取締役として発足した同族会社であり、当初資本金は五〇〇万円であったが、本件当時は、資本金三、〇〇〇万円に増資していた会社である。

(二) 昭和六一年の後半期頃から不動産業界に旋風が吹き荒れ、好景気なった所謂バブル経済が急成長を遂げ、すずや建設もその影響を受け、昭和六二年度(一〇)期は不動産の売買取引、建売住宅の建設・分譲のみならず、地価の高騰により取引高は目まぐるしいまでに上昇していったのであります。

すずや建設の昭和六二年一〇月末現在の取引高は、二〇五億円以上にも達していたのであります。かくの如く不動産業界が高度成長したにも拘らず、すずや建設に於いては昭和六一年度(一九期)迄は国税庁が指摘するが如く累積赤字・約七億六、四四三万円も出していたのであります。

にも拘らず顧問税理士宮入は、右累積赤字の金額を把握出来ないまま、九期の法人税確定申告は金四、五五七万円の利益があったとして、黒字の申告をしていたのであります。

元来宮入税理士は、同人自身も自認しているように、中小企業の顧問税理士として六〇数件の税務を担当しているものの、本件の如き取引高二〇〇億円以上の会社の税務を担当したことはなく、且つすずや建設はドンブリ勘定の経理であった事から、会社の経理の全体像を把握することが出来なかった旨、原審公判延で述べているのであります。

すずや建設はもともと個人からの借入れ・町金融・暴力団関係者からの高利の借入れで経営してきた会社で、宮入税理士のいうドンブリ勘定の会社だと評価されても致し方がなかったのでありますが、昭和六一年後期頃より不動産業界が高度成長し、すずや建設に於いても仕入・販売・仲介手数料・外註費・在庫高は茫大で又その取引高はいやが上にも高度成長していったのであります。

その為、被告人は経理面に通じた渡部友喜(以下渡部と略称する)を昭和六二年一〇月一日に雇用し、すずや建設の女子事務員坂本他二名を指導させ、税務の専門家顧問税理士宮入との連絡を緊密にして、すずや建設の繁栄と事務の適正化と整理を図ったのであります。

(三) 被告人は、すずや建設が個人からの借入・町金融からの高利の借入れ・暴力団関係者からの高利の借入れ等から脱皮し、市中銀行の信用を取りつけるべく奔走をしていたのであり、それに応えこの宮入税理士の九期の黒字の法人税確定申告は功を奏した一つであります。

且つ被告人も自認しているように、一〇期の法人税確定申告当時に於ける試算表・損益計算書等数通を自ら作成したことは事実であり、右は銀行の信用を取りつける為に作成したものであり、原審認定の如く脱税(逋脱)を目的として作成したものではないのであります。

宮入税理士は、すずや建設の顧問税理士として昭和五八年(六期)昭和五九年(七期)昭和六〇年(八期)昭和六一年(九期)昭和六二年(一〇期)昭和六三年(一一期)と法人税の確定申告をなし、顧問税理士としてその役目を果して来たのであります。

2(一) 原審は、被告人が逋脱の犯意を有していたことは明白であり、そればかりか被告人は自ら損益書B乃至Dを作成し、各勘定科目の時価としての数字だけの操作ではあるが、仕入高を増額したり、期末棚卸高を減額する等して利益の圧縮を試み、その結果すずや建設の当期利益を二億円余まで圧縮した損益書Dを作り上げ、これを宮入税理士に交付してその数字に合わせた確定申告書を作成するよう依頼したものである、と認定しているのであるが果たしてそうなのであろうか、事実は全く違うのであります。

昭和六二年一〇月二一日頃顧問税理士宮入は、経理担当者の渡部作成の仕入・売上・在庫等の集計表のリストを受領し、それを根拠にして同額の数値を用いて試算表及びB/Sを作成し、当期(一〇期)の経常利益二一億二、二三〇万四、六九三円を算出しているのであります。

たまたま右経常利益が国税局の調査とほぼ同額になっていたことを奇貨とし、宮入税理士が作成した損益計算書が正しいものと国税局は断定していたのであります。

しかし乍ら宮入税理士は、確定申告書作成時以前に仕入・在庫リストに計上漏れがあったことに気付いていないのであります。宮入税理士が昭和六二年一〇月二一日頃渡部から入手した集計表のリストには、在庫計上漏れが一〇億六、七二三万五、三一五円あった他に、立川の仕入物件八億五、九一二万円の過大計上ミスがあったのであります。

これが本件の逋脱事件の原因であり、真相であると思料するのであります。

換言すれば、すずや建設の当期(一〇期)の法人税確定申告書作成の作業以前の昭和六二年一〇月二五日頃に、既に渡部の集計リストには前記の如く在庫漏れ、仕入過大ミス、併せて一九億二、六三五万五、三一五円の利益を減額する計上がなされていたのであります。

この在庫漏れ及び仕入過大ミスは、宮入税理士の前記試算で二一億二、二三〇万四、六九三円の計上利益が算出される以前に既に行われ、犯意のない逋脱がなされていたのであります。

前記在庫計上漏れ一〇億六、七二三万五、三一五円は、未売却物件(在庫)に要した外注費・仕入手数料の合計額であり、国税局が仕分けし算出した金額であります。

渡部及び宮入税理士はこれを精算し、在庫に加算計上すべきであるのに、知らない為に行わなかったのであります。

(二) 前記の如く、昭和六二年一〇月二五日現在の宮入税理士作成に該る仕入・在庫・売上等のリストは、渡部作成の集計リストを基本とし、損益試算をし当期(一〇期)の経常利益として二一億二、二三〇万四、六九三円を算出し、経常利益が国税局の調査とほぼ同額であったことを奇貨として、正しい経常利益であると考えてしまったものであります。

宮入税理士はすずや建設の経理内容の全体像を把握出来なかったのであり、宮入税理士は申告書作成時に於いて仕入・在庫リストに計上漏れがあった事に気付かないまま調査もせず、誤った集計を確定申告書作成に使用したもので、計上すべきであるにも拘らず、知らないまま行わなかったのであります。

(三) 宮入税理士は、原審公判延に於いてすずや建設の経理内容に付いての全体像を把握することができなかったこと、経常利益が正確であるかどうかも把握出来なかったことを述べているのであります。

然るに原審は、昭和六二年一〇月二五日頃の時点に於いて宮入税理士が一〇期の決算取組に際し、被告人と共謀してすずや建設の逋脱の相談をした旨、認定しているのでありますが、これは前記の如く宮入税理士がすずや建設の経理内容の全貌を把握出来ず、渡部作成の間違った集計表をもとにして作成した損益計算書の結果の経常利益であります。

不当な仕入れの水増・不当な在庫の除外ではなく、経理担当の渡部と宮入税理士の税務処理方法に対するミスによるものであって前記の如く、一〇僚六、七二三万五、三一五円の在庫計上漏れ、仕入物件の所在地の確認を怠った為(立川の物件)、二重計上による八億五、〇〇〇万円の仕入過大計上ミスによるものであります。

前記の如く、物件のチェックミスによる申告漏れが「逋脱」につながったのでありますが、これは渡部・宮入税理士の意図的なチェックミスではなく、「知らなかった」のであります。即ち確定申告書作成以前に於いて、犯意なき脱税行為が内在していたと云うべきものであります。

被告人は、仕入れを不当に水増したり在庫を除外した事実は全くなく、宮入税理士に対しそのような指示をした事実もないのであります。

宮入税理士は原審公判延に於いて、すずや建設の経理内容の全体像を把握することが出来なかったこと、経常利益が正確であったかどうかも把握出来なかった旨を述べているのであります。

更に、二〇〇億円以上の売上高を持つ会社の経理を担当したのは今回が初めてで、確定申告書を作成する迄二ケ月間の余裕と時間をかけたとは云いながら、他の会社の経理を担当していた為、すずや建設の顧問料が二万円程度であったこともあって、その期間の全部をすずや建設の確定申告書作成にかけることが出来なかったと云い、又すずや建設は自分から経理を担当させて下さいとお願いした会社であるから顧問科が安いからとか、複雑なドンブリ勘定の会社で、各勘定科目の帳簿が出来ていないからとて断る事が出来なかった、とも述べているのであります。

その上、宮入税理士が顧問をしている会社は中小企業の商店が主で、その中には夜逃げをしたり中には宮入税理士のとっておきの金三〇〇万円を貸付けて、その救済を図ってやったのにも拘らず返済されず、宮入税理士としてはすずや建設の如きドンブリ勘定で、各勘定科目の帳簿も充分に備えていない会社であっても、断る事が出来なかったと弁解しており、アルバイトの女子事務員を一人だけ雇用し、二〇〇億円以上の売上高を持ち、建売住宅の建築・販売・不動産の売買・仲介等バブル経済の波に乗ったすずや建設の経理内容を把握する事は、客観的にも困難であったことを推認させているのであります。

それよりも顧問税理士としてミスを是正すべきであるにも拘らずケタ間違いのミスを犯しているのに気付かず、それを何かと隠蔽する為の操作に日時を浪費し、すずや建設の経理の全貌を充分に検討しないまま、一〇期の確定申告提出時期を迎えてしまったものというべきであります。

宮入税理士は原審公判延で四転八転と供述を変転させ、被告人から金二億円におさまるよう利益圧縮の依頼を受けたと云うものであるが、金二億円の利益金は宮入税理士自らの試算に於いて構成されたものであります。

宮入税理士は、前記の如くすずや建設の経理内容の全体像を把握できないまま、昭和六二年一〇月初旬渡部作成に該る(昭和六二年一〇月一日すずや建設入社)各勘定科目を集計したリストを受領し、渡部にリストを源資料として作成した損益計算書の経常利益が二一億二、二三〇万四、六九二円となったのであります。

これは渡部が仕入れ及び経費等で二一億一五万円の集計漏れミス(利益の増額を図る集計ミス)を逋脱の集計ミスとは別にしていたからであります。

宮入税理士が渡部のリストと宮入自身の台帳(集計)と照合しチェック訂正した際、当初(昭和六三年一〇月初旬)の試算額から渡部の集計漏れミスが差引かれ、経常利益は二、二一五万円(二一億二、二三〇万円-二一億一五万円)になってしまったのであります。

以上の如く逋脱は知らないまま既に犯意なく行われていたのであります。

当初の段階での試算は、チェック前の渡部の集計漏れミスによる利益であったのであります。

以上のように決算初期の段階に於いて、チェックが終わった時点で当期の利益は、ほぼ確定していたのであります。

従って原審認定の如く、被告人が宮入税理士と共謀して外註費・仲介手数料・仕入れ等の水増計上や、期末在庫の一部除外等の行為をした事実は全くないのであります。このような行為をしなくても利益は少く確定していたのであります。

逋脱の原因は無知による在庫の計上漏れ、一ケ所の仕入れのチェック漏れによるものであったのであります。宮入税理士は利益が少くおかしいと思い乍らも、その真相を把握出来なかった事によるものであります。

以上縷々述べた通り、本件被告人の行為は脱税の行為も故意もなく、原判決の事実誤認は明白であり、ひいては法令の適用を誤っており、当然破棄さるべきものと思料する。

二.量刑不当

1 以上の如く、本件は犯意なき逋脱事件であると思料するものでありますが、もし仮に以上の主張が認められないとしても、被告人は個人の資産は勿論のこと、全ての財産を失ってしまったのであります。

すずや建設所有の在庫不動産は国税局の査察終了後、平成元年四月より全物件に対し納税の保全処置として抵当権が設定され、会社倒産と同時に差押えられ、既に提出済みの競売による大蔵省への配当金割当表に記載してある如く二八物件は全部競売され、大蔵省に金八、八一五万三、二四七万円は還付され、被告人が任意売却した物件の計金一、〇〇〇万円は大蔵省に納付しているのであります。

平成元年七月すずや建設は二〇〇億円の負債を抱え倒産し、現在も約七〇億円の負債がそのまま残っているのであります。

2 被告人は原審で保釈の御許可を戴いたものの、知人・親戚からの借入金の為返済を迫られ、原審判決により収監されると同時に、保釈金は債権者に返済し現在も勾留中であります。

被告人には隠し財産など全くなく、何故このような高額な金一四億円以上に上る逋脱金が発生し、何処に消えたのか全く不明であります。

被告人の家族は質素で、妻絹子はアルバイトで働き、長男は大学を中退し働きに出ている実情であります。住む家とてなく、会社の事務所は借り事務所で、債権者からの取立等残務整理の為己むなく借りている始末であります。

バブル経済が崩壊後は、不動産業界は不況の嵐が吹き、倒産会社が続出している実情であります。

被告人の経営能力が無かったと言われても致仕方が無いのでありますが、個人の借入れ・町金融の借入で出発したすずや建設は再建の見込みは全くありません。

被告人は生涯に経験したことのない酷暑の未決での生活は筆舌に尽し難いものがあり、他人である弁護人でも涙なしで語れない実情であります。

3 数字の上での逋脱のうちの幾らかでも被告人、或はその家族の手の中に残っておれば、このような憂き目には遭わなかったと思料するのであります。

バブル経済の煽りを受けた犠牲者はこの業界に多いと聞いているところでありますが、被告人等の家族の如き真面目な家族をこのような不幸に陥れることは忍びないと思料するのであります。

被告人は逋脱したとされる金員を遊興費に費消したわけでもなく、株を購入したこともない、ただただ事業の為に費消し消えたというのであれば、心が痛むのであります。

以上の諸事情を御勘案の上、どうか被告人に対し、原判決を破棄し、本刑に付いては執行猶予の御判決を、罰金に付いては出来るだけ軽い御判決を賜りますよう、上申するものであります。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例